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柳生忍群 第一巻


(解題)
三洋社発行。 本編192ページ。 昭和35(1960)年夏(8月頃?)に出版された。 白土三平『忍者武芸帳』の出版社である三洋社は、その成功と人気の余勢をかってか、昭和35年から翌36年にかけて忍者もののシリーズを次々と送り出した。 小島剛夕によるこの『柳生忍群』(全5巻)もそうしたシリーズのひとつであり、他には久慈あきらの『伊賀幻法帖』(全4巻)や橋本よしはるの『六人の忍者』(全4巻)などがある。

小島が単行本の形で本格的な長編を世に送り出すのは、『忍法!! 黒い影』以来約一年半ぶりとあって、第1巻から滲み出てくる作品への意気込みは尋常ならざるものがある。 五味康祐の未完小説「柳生武芸帳」を始め多くの時代小説から霊感を受けて構想を練ったと思われるストーリーは、ページを繰る度に広がりと深さを見せ、興趣は尽きない。 躍動感溢れる殺陣シーンは、まるで実写映画を見ているような迫力。 柳生十兵衛が立ち合い中の事故に見せかけ自らの左眼を潰してまで会得した「日ノ一ノ術」とは何か? そして、柳生一族の目的とは? 多くの人々の幸福や生命を巻き込んだ凄絶な戦いが幕を開ける。 のちの「子連れ狼」を髣髴させる大作の序章である。

(あらすじ)
将軍家剣術指南役の柳生宗矩は、長男十兵衛三厳に剣法と忍法の天才的な資質を見出し、忍術である柳生陰流の奥義「日ノ一ノ術」を授けることを決意する。 当初、十兵衛は卑しむべき忍びの術を嫌ったが、「徳川家安泰のため」と父宗矩に諭され、その願いを受け入れる。 翌日、道場にて知心流の浪人川島平八と立ち合った十兵衛は、左眼を負傷し、その視力を失ってしまう。 だが、その左眼の失明こそが「日ノ一ノ術」であった。 十兵衛本人と父宗矩、そして、宗矩の警護役の忍者猿彦の三人以外誰にも知られぬよう、立ち合い中の事故に見せかけたのだった。 その夜、川島平八とその弟は、忍者猿彦によって惨殺された。 平八が十兵衛の左眼の事故に不審を抱いたからである。 平八の親友で凄腕の剣客如月佐十郎と、平八の妹利香は、柳生一族への復讐を誓い、柳生四高弟と呼ばれる使い手達を次々と血祭にあげる。 そして猿彦をも倒した如月佐十郎と利香は五年の歳月ののち、ついに十兵衛に決戦を挑む。


(補足/by風かをる)
剛夕先生は貸本時代から多くの柳生関連の作品を発表しています。 この作品をもとにしてさらにストーリーに奥行きを持たせたり、コミカルに扱ったりした作品が青年誌、少年誌に掲載されました。

 ・十兵衛の目  昭和41年「ぼくら」増刊号
 ・片目柳生   昭和42年「少年サンデー」連載
 ・柳生陰ノ流レ 昭和44年「週刊漫画アクション」連載

なお、青年誌「コミックmagazine」に掲載された『柳生忍群』には『日ノ一ノ術』は出てきません。