小島剛夕のこと





  昭和3年11月3日、かの手塚治虫と同年同月同日、三重県四日市市に生まれる。
 映画館の看板描きなどをしながら独学で画を学んだ。 父親は素人肖像画家、三代前の祖父は彫刻家であったという。 紙芝居作家から貸本作家としてデビューすると、白土三平と人気を二分する存在となった。 昭和45年(1970)連載が始まった「子連れ狼」は劇画の頂点となり、TVドラマ、映画化される。
 時代劇画を描かせて、小島剛夕を凌ぐ漫画家はいない。 刀の重さ、身体の重心、風の流れ、小島剛夕の殺陣の描写力は映画をも超えた迫力を漲らせている。 小島剛夕は、ストーリーを順に追って描く手法ではなかった。 先ず、描きたいシーンが浮かび、それを描くために全てを集約していく手法であった。 女性の艶やかさにも童子の無邪気さにも温もりがあるのは小島剛夕の人柄である。 (後略)

平成12年1月5日 永眠 享年71




◇「小島剛夕」(こじまごうせき)はペンネームではなく本名です。 後に諸事情から「諏訪栄」(すわさかえ)というペンネームを使用していた時期があります。 また、貸本時代の作品に「小島剛石」という作者名が散見されますが、単純な誤植であるということを、ご遺族に確認済みです。 したがって作家として使用した「名前」は「小島剛夕、諏訪栄」の二つだけということになります。

◇「プロフィール」内容につきましては、小島剛夕先生と双葉社時代から親交の深かった吉留博之氏の了解を得まして、『漫画絵師三人原画展−この一枚のために』で使用された文章を掲載させていただきました。(一部略) 写真は小島剛夕先生のチーフアシスタントであり、長く先生を支えてこられた吉留(旧姓:西村)つや子氏を介しましてご遺族の方からご提供いただきました。